IBMを救った伝説のCEO、Louis Gerstner氏逝去
1990年代に破綻寸前だったIBMを劇的に再生させた伝説的経営者、 Louis V. Gerstner Jr.氏が2025年12月27日、83歳で逝去されました。 心よりご冥福をお祈りいたします。 IBMの現CEO、アービンド・クリシュナ氏が2025年12月28日(日曜日)に従業員へのメールで 訃報を発表しました。死因については明らかにされていませんが、フロリダ州ジュピターにて 永眠されたとのことです。 Louis V. Gerstner Jr.氏は、マッキンゼー・アンド・カンパニーでキャリアをスタートさせた後、 アメリカン・エキスプレスで要職を歴任しRJRナビスコのCEOを経て1993年4月にIBMの会長兼CEOに就任しました。IBM史上初めての外部からのトップ登用でした。 当時のIBMは、まさに存亡の危機に瀕していました。 1991年から1992年にかけて、IBMは各事業部門を自律的な子会社に分社化を実行していました。 ディスクドライブ部門(AdStar)、ミドルレンジコンピュータ部門(IBM Application Business Systems)、 メインフレーム部門(IBM Enterprise Systems)、プリンタ部門(Pennant Systems、Lexmark)、 そしてPC部門(IBM Personal Computer Company)などが次々と分離されました。 日本でも同様の動きがあり、日本アイ・ビー・エム株式会社から日本アイ・ビー・エム・サービス株式会社など、 複数の会社に分社化が進められていました。 Gerstner氏の就任時、IBMは破産か解体かの選択を迫られていたのです。 Gerstner氏は就任直後から、従来の常識を覆す大胆な改革に着手しました。 最も重要かつ大胆な決断は、既に実行されていた分社化を中止し、 分離された事業部門を再びIBMに統合したことです。 当時の経営陣や業界の常識では、巨大企業を小さな単位に分割して機動性を高めることが 解決策だと考えられていました。しかしGerstner氏は、ハードウェア、ソフトウェア、サービスの シナジーこそがIBMの強みであると見抜き、「統合ソリューションプロバイダー」としての道を選びました。 この決断は当時、大きな反発を招きましたが、後に正しかったことが証明されます。 ハードウェア中心のビジネスモデルから、サービスとソリューションへと大胆に舵を切りました。 この戦略転換により、IBMはテクノロジー企業からビジネスパートナーへと生まれ変わったのです。 変革には痛みを伴いました。Gerstner氏は以下の施策を断行しました。 「古き良きIBM」の文化からの脱却も推し進めました。IBM製品のみで動作する クローズドなシステムの販売を止め、オープンで顧客中心のアプローチへと転換しました。 Gerstner氏のリーダーシップの下、IBMは驚異的な復活を遂げました。 わずか9年間で、破綻寸前の企業を世界有数のテクノロジー企業へと再生させたのです。 2002年3月にCEOを退任し、同年末に会長職も退きました。 2003年1月、ワシントンD.C.を拠点とする世界最大級のプライベート・エクイティ・ファームである カーライル・グループの会長に就任。2008年9月30日に会長職を退き、その後はシニアアドバイザーとして 同社に関わり続けました。 Gerstner氏は、ビジネスの世界を離れた後も精力的に活動を続けました。 著書「Who Says Elephants Can't Dance?」(邦題:「巨象も踊る」)は、企業変革の バイブルとして世界中で読まれています。 また、アメリカの公教育改革に情熱を注ぎ、IBMの技術を活用した教育イニシアティブを立ち上げました。 ガースナー・フィランソロピーを通じて、ニューヨーク市、ボストン、フロリダ州パームビーチ郡の 生物医学研究、環境・教育プログラム、社会福祉を支援しました。 Gerstner氏の企業再生手腕は、世界中のビジネススクールでケーススタディとして 研究され続けており、その影響力は計り知れません。 私自身、入社時に配属されたのは、当時のIBM社内ではマイナーな存在だった アプリケーション開発部門でした。 当時の混乱期に、私の所属は「日本アイ・ビー・エム株式会社」から 「日本アイ・ビー・エム・サービス株式会社」へと変わりました。 分社化の波が日本にも押し寄せていた時期です。 しかしGerstner氏がIBMに就任し、分社化を中止してサービス事業への転換を推進したことで、 私の経験やスキルがより活かせる環境へと変わっていくのを肌で感じました。 アプリケーション開発の経験が、サービス重視の新しいIBMでは強みになったのです。 もし彼がIBMに来て変革を起こさなければ、私はもっと早い時期に会社を 去っていたかもしれません。 遠い存在ではありましたが、そういう意味で、私のキャリアに大きな影響を与えた方でした。 深く感謝するとともに、心より御冥福をお祈りいたします。危機のIBMを引き継ぐ
大胆な変革と戦略的転換
分社化の中止と再統合
サービス事業への転換
徹底的なコスト削減
文化の変革
驚異的な成果
IBM退任後の活動
教育と慈善活動への情熱
個人的な思い出