生成AI時代、重力に魂を引かれるな
生成AIは人類の分岐点となる革新です。 しかし8割の人は新しいものを試そうとしません。 慣れ親しんだやり方に留まり、一歩を踏み出せない。 それはまさに「重力に魂を引かれた」状態ではないでしょうか。 革新的な技術が目の前にあり、誰でも試せる状況になったとき、 実際に試す人はどれくらいいるでしょうか。 この1年、生成AI、Markdown、テキストエディタの活用など生産性の 上げるための多くのものを紹介しても、何ひとつ試そうともしない人を目の当たりにしてきました。 この1年に限らずこれまでの私の観測では、どの現場でも新技術を2割が試し、4割は「いつか試そう」と思いながら試さず、 残りの4割は試そうともしません。 これはEverett Rogersのイノベーション普及理論 1とも一致します。 興味深いのは、この比率が技術の難易度とほぼ無関係なことです。 生成AIのような革新的技術だけでなく、Markdownのような 学習コスト30分、チートシート1枚で済むツールでも同じだということです。 これはもはや能力の問題ではありません。 新しいことを取り入れる意志の問題です。 腰が重い、というより、重力に魂を引かれているのかもしれません。 そしてこの2割と8割の差は、生成AIの時代において 決定的な分断へと発展しようとしています。 以降、この2割を「先行者」、8割を「追随者」と呼ぶことにします。 生成AIも同様です。 本格的に活用し、自身の生活や業務へ取り入れているのは2割程度でしょう。 従来の技術革新と今回の「生成AI」が決定的に異なるのは、 もたらす変化が大きく2つに分けられることです。 1つ目は「実行力の民主化」です。 思考から実行し実現するまでの摩擦がほぼゼロになりました。 アイデアさえあれば、コード、文章、分析、デザイン、 それを形にするまでの障壁がなくなりつつあります。 2つ目は「認知の拡張」です。 自分一人の脳では到達できない思考の深さと広さを得られるようになりました。 これは生成AIの認知力が高いということではありません。 生成AIを壁打ち相手、批判者、専門家、編集者として常に隣に置くことで、 自身の物事の捉え方や解決への発想、新たな着想力が これまでとは比べ物にならないくらい速く柔軟に拡がります。 そう感じた方は多いはずです。 これは単なるツールではなく、認知そのものの拡張です。 先行者と追随者の間の前者のギャップは時間が解決します。 生成AIがさまざまなツールに組み込まれれば、 追随者もそのメリットを享受できるようになるでしょう。 Gmailの文章補完、Excelの自動分析、Canvaのデザイン提案。 これらは「使う」意志がなくても、自然に恩恵を受けられます。 問題は後者です。認知の拡張は、能動的に求めなければ得られません。 そして、いち早く生成AIを活用している先行者は、 今この瞬間も認知を拡張し続けています。 ここで決定的な分岐が生まれます。 追随者はメーカーがAIで便利にした製品を使います。 便利にはなります。 しかし、製品が想定した範囲内でしか動けません。 誰かが設計した体験の中にいます。 先行者はAIそのものを使います。 そして時代はエージェント型AI、 現実世界の道具を使えるAIの時代になりました。 何をさせるか、どう組み合わせるかをAIに指示し、 道具に縛られずAIで生産性を上げ、 さらに認知力の拡張を続けることができます。 前者は消費者、後者は設計者です。 エンジニアの世界では、既にこの分断が始まっています。 昨年まではGitHub Copilotのように エディタやIDEにAIを組み込んだものがもてはやされてきました。 しかしClaude Codeの登場で状況が変わりました。 エディタに組み込まれていなくても、 Claude Code自身がツールを操り開発を進められるようになったのです。 エンジニアは自身のコーディングの支援だけでなく、 テスト、設計、要件定義、構想策定まで Claude Codeと協業しながら生成AIの適用範囲を広げていけます。 単純な作業を任せるだけでなく、 これまで実現コストで躊躇していた新しいアイデアへ どんどん挑戦できるようになりました。 非エンジニアの世界でも同じことが起きようとしています。 これまではExcelやWordにAIが組み込まれるのを歓迎していました。 しかしClaude Coworkが普及すれば、そんなことは関係なくなります。 好きなツールをCoworkから使いこなして業務ができるようになります。 事実、Claude Coworkの発表後、SaaSプロバイダーの株価は軒並み暴落しました。 市場はこの変化の意味を理解しています。 設計者になるか、消費者のままでいるか。その選択が迫られています。 もう1つ、見過ごせない力学があります。 「量をこなせば、質が向上する」という量質変換2があります。 ここで重要なのは、生成AIというツールの使いこなしではなく、 認知の拡張それ自体に量質変換が起きるということです。 先行者は、生成AIと対話を重ねるたびに、 自分一人では到達できなかった思考領域に踏み込んでいます。 新しい視点を得れば、それを足がかりにさらに深い問いが立てられます。 深い問いに向き合えば、さらに広い視野が開けます。 これは単なるツールの習熟ではありません。 認知の拡張が認知の拡張を呼ぶ、爆発的な正のフィードバックです。 一度この拡張を経験すると、思考の出発点そのものが変わります。 昨日の自分には見えなかった問いが見えるようになり、 先月の自分には発想できなかった解決策が浮かぶようになります。 認知が広がれば、発想の幅も加速度的に広がります。 これが毎日、毎週、積み重なっていきます。 一方、追随者は最初の一歩を踏み出していません。 認知の拡張がなければ、量質変換も起きません。 差は線形ではなく、指数関数的に開いていきます。 さらに深刻なのは、先行者と追随者の間で コミュニケーションそのものが困難になっていくことです。 認知が拡張された者同士は、同じ地平に立って議論できます。 問題の捉え方、解決策の発想、思考の前提が揃っているからです。 言葉を尽くさなくても、互いの思考の輪郭が見えます。 一方、追随者との間では、まず見えている世界が違います。 先行者にとって当たり前の発想が、追随者には飛躍に見えます。 説明しようとしても、その説明を理解するための前提が共有されていません。 これは専門用語の問題ではありません。 認知の枠組みそのものが異なっているのです。 私たちは今、そうした分岐の入り口に立っているのかもしれません。 先行者の認知は、日々拡張し続けています。 見える世界が広がり、立てられる問いが深まり、 発想の幅が際限なく広がっていきます。 追随者は、その変化に気づいていません。 気づかないまま、同じ枠組みの中で思考し続けます。 1年後、2年後、認知の差はどこまで開くでしょうか。 追随者が「置いていかれる」というより、 自ら「留まることを選んでいる」という方が正確かもしれません。 それが意識的な選択かどうかは問いません。 私たちは今、認知が分岐していく入り口に立っています。 あなたはどちら側にいますか。 そして、そこにいることを選んでいますか。 私たちの世代だと、これはどこかで見た構図です。 1979年のテレビアニメ『機動戦士ガンダム』では、 人類の宇宙進出という革新への適応として「ニュータイプ3」が生まれ、 「重力に魂を引かれた」オールドタイプとの分断が描かれていました。 現代における重力とは、慣れ親しんだツールや思考様式への執着かもしれません。 しかし、最終回では特殊なモビルスーツのパイロットである主人公のみならず同じ部隊のクルーが覚醒していく様が描かれています。 現代の革新についても、現状は追随者の側にいるとしてもそれは能力の問題ではありません。 先行者への最初の一歩は難しくありません。 Markdownを30分勉強し、Claude Proを使い始めましょう。 答えを求めるのではなく、壁打ち相手として問いを投げてみる。 それだけで、認知の拡張は動き始めます。 私がClaudeを例に挙げているのは、2026年2月時点で 非エンジニア向けのエージェント機能(Cowork)を 提供しているのがAnthropicだけだからです。 認知の拡張を始めるなら、ChatGPTでもGeminiでも構いません。 イノベーション普及理論は、新しい技術やサービスが市場に広がる過程を、消費者の採用タイミングに基づいて5つのタイプに分類し分析するマーケティング理論。1962年に提唱された。 5つのタイプとは、(1).イノベーター (革新者:2.5%):最先端技術を好み、新しいものを進んで採用する。(2).アーリーアダプター (初期採用者:13.5%):流行に敏感で、周囲に影響を与えるオピニオンリーダー。(3).アーリーマジョリティ (前期追随者:34%):慎重派だが、新しいものを平均より早く採用する。 (4).レイトマジョリティ (後期追随者:34%):懐疑的で、周囲の大半が使用して初めて採用する。(5).ラガード (遅滞層:16%):最も保守的で、流行に関心が薄い。 ↩ 量質転化の法則。ヘーゲルの『小論理学』に由来する概念で、現代では一定の量を積み重ねることで臨界点に達し、能力や理解が劇的に向上するという原則として広く語られている。 ↩ 広大な宇宙空間への適合の結果、ニュータイプは空間を超えた非言語的コミュニケーション能力、超人的な感覚力と直感力、観察力と洞察力を持つ新しい人類として描かれています。 ↩
はじめに
2つの革新
AI時代の分断
量から質への転化
認知様式の分断
私たちはどこへ向かうのか
まとめ